従業員規模を教えてください。
役員は5人で正社員は3人。あとはパートアルバイト、従来が組合だったのでそれ合わせると26、全体でいうと30人です。
主な作物は?
お米、稲作、あと(麦大豆)。ネギと梅、果樹、あとは紫蘇です。
部門で言うと稲作が単体で一人やってまして、あとは(麦と大豆)で一人、あとは全部僕が担当しています。
”ネギ彦くん”ってネギの加工と梅干を加工品でやってまして、梅干しは年間8トン。
加工中の梅を漬けた状態で8トンなんですけど製品としては5.5トンぐらいです。
就農しようと思ったキッカケは?
元々僕は神奈川出身なんですが、東京でずっと不動産の仕事をしていて東京で結婚して、妻の実家が角田。
子供が生まれるタイミングで子育ての環境や時間の取り方などを考え妻の実家に移住を決意。元々大学の頃から農業というものに興味があったことが決め手です。安定を見込んで会社に入って就農しようと雇用就農に決めました。
農業に興味があったという事ですが何か研修受けたりしましたか?
就農にあたってそういうのは全く無くてほぼ素人。あるとしたら学生の時に個人のハウスに半年だけバイトしたくらい。興味があって、の方が正しいかもしれないですね。
学生の時の気持ちを思い出した?
そうですね。法人で安定的にやれる方が、今後の生活やひとつの職の選択肢として見た時に法人化している方が安全安心かなと。
法人で農業している所はだいたい大きいんです。内定とかも可能性的には大きくて、国も法人化の後押しをしたりしています。補助金とか見ると法人化してないと結構大変。
就農して3年ほど経って大変だった事はありますか?
やっぱり天候に左右されるってよく言うじゃないですか。本当にその通りで、こういう風にやろう、と予定を組んでいても天候によってそれが崩れちゃったりとか。
完全に計画通りにはいかない、っていうのは臨機応変な行動が必要になってくるので難しいところなのかなと思います。
あとは本当に体を動かす仕事でもあります。今は自動化が発展して楽になってきたとはいえ、手作業は必ずあります。そういう面では、手作業が嫌いじゃない人じゃないと難しいんじゃないかとは思いますし、完全にインドアの人には多分できないんじゃないかなと(笑)夏場とか暑くても外に出なくちゃいけないですし。
あと、自分がいた不動産業と農業っていうのを比べてみると、”産業”としてちょっと難しいっていうか。儲かりづらいというか。ちゃんと雇用としてやっていくという上では、今はまだ産業の製品まで辿り着いていない。そういう大変さもあるかなとは思います。
地域での差もあると思いますし社員2人に聞いても違う大変さも出てくると思います。
農業のやりがいや、良かったことは?
種の播種から作物ずっと育て、作った後に更に売るっていう過程。現金化、お金にしていくのをイチから一括して全部自分でやれるっていうのは、すごいやりがいある。ダイレクトにいいもの作って、それがいい感じに売れればっていう、全部自分に返ってくるような話なんでやりがいがあります。責任感持ってやれる。加工品を作ってうまく広がってくれれば、それこそ達成感を感じます。
農業は土地に根差した産業なので、そういう意味では例えば荒れている田んぼとか畑があるっていうよりは、綺麗な田んぼとか畑がそこら辺にあった方が景観も良くなって、そういった所にも貢献できているのは、自分の幸福感になる。
荒れているとこよりも綺麗な景色が見られた方がいいなと。そういった所にも貢献してるんだなと感じれるところがいい。
加工品はどうしてネギと梅を扱っている?
元々の始まりとしては、角田って梅花の里って呼ばれているほど有名なものなんですよ。
それに因んでうちが加工を始めたんです。地元のおばあちゃん達が、梅干しなら作れるって言って作り始めたのがキッカケ。
逆にネギは経営として見た時に、この辺の気候ならネギとかは年中できると考えて始めました。一年間ずっと出し続けられる作物って実はあんまり多くないんです。
今は、ネギ祭りっていうイベントとかネギ彦の開発をやるほどになりました。
たぶんゴール=食卓のお供になるを考えてたってよりは経営の回し方、一年の流れを考えて取り組んでいった結果こうなっていった。梅干しって結構、天候に左右されずに一年間ずっと加工場でパック詰めとかすれば仕事になるんですよ。
因みに、梅だったらできると言っていた方々の平均年齢は?
それこそ70歳は超えていて、90歳の人もいますし、結構高齢化です。
農業の平均年齢が今66歳で、それよりは上です。
梅は昔、庭先にみんな植えていたんですよね。各々が自家製の梅干しを作ってそれを食べて、分け合ったり。そういった歴史が角田の地域としてあって。それが発展していってちゃんとした商品になった・・それが、梅まつりの始まりです。だんだん普及していって、みんな元々作っていたからそれなら作れるってなって、やり始めたのもあるんです。
元々保存食と健康食の梅干しなんで塩入れれば入れるほど賞味期限が保ちます。
ある武将がこの辺の梅干しはめちゃくちゃ塩分濃度が高いと言ったといわれてる程、歴史がある…無添加だけど長期保存できる昔ながらの梅干しで有名。
梅に歴史があるので作るのが楽しい。ネギはネギ祭りとかあります。お客さんに知ってもらったりするのも楽しいですね。
加工前の素材を卸すこともあると思いますが、現金化するための苦労や工夫しているところは?
ネギは賞味期限が短くて2週間ぐらいなので、消費を確実にしてロスを少なくしている。元々作っていたのは普通のネギなんですけど、やっていく内に規格外品ってどうしても出てくるんですよね。そういうのをなんとか活用したくて開発したのがネギ彦なので、なるべくロスを少なくし、ちゃんとした利益にしていきたい。
あえて角田市内の飲食店にしか出していない。ネギ彦がそうなんですけど。梅干しはちょっと仙台近郊にも出したりしています。
ネギ彦は、トッピング用のネギとして?
トッピングとかそういう事でしか考えてなくて、やってみたら唐揚げとかラーメンとかもあてはまって。油淋鶏の簡単なタレみたいなイメージです。
薬味としての商品なんで、飲食店や道の駅に置かせてもらって、ご自身のご家庭でそれぞれ好きな方法で食してもらいたい。
あとは、飲食店に流れを作りたかった。産業が市内で盛り上がれば、需要がその分盛り上がるかな、というのもありました。市内の飲食店で取り扱ってもらったり。うまく流通が広がらないかなーというのもあってやっていたのもあります。あんまり広がりすぎても生産が追い付かなくなってきますけど(笑)
ネギって市場では安くて、それだけだと厳しくなってくるんで、なるべく自分で単価決められるようにと販路を模索したりして。
梅干しも似ていて、道の駅とか仙台のカイタク市場ってとこ出しています。そういった場所とは卸値でやらせてもらったりして。販売価格は向こうに任せていますが利益計算は話し合ったりしている。
販路開拓が目を見張ります。一般的に最初の2~3年は覚えるのメインになっちゃうのでは?
最初入った時に危機感があって。みんなおじいちゃんだったんですね、若い人いなかった。
若手は僕だけで、今後このままいったら減ってくだけじゃないですか。そんな中で若い人を増やしていって、入ってきやすくしてもらって・・みたいなの考えた時に、これ動くしかないな、と。
今後の目標とかありますか?
会社としてなんですけど、ゆくゆくは若い人達が今後、経営をやるという意識があります。目標設定として、宮城県で農業法人が売上一億円を確立しているところは、”アグリビジネス経営体”って呼び方が変わるんです。
そうなってくると会社の経営体としても安定してみてもらえますし、そしたら人材を呼び込みやすくなるので、そういった所をまず目指しています。かつ、若返りをしたいなと。外から興味持ってもらうキッカケの場になりたい。じゃあここでやりたいな、みたいな所になれればいいなと。
他業種から新しい風を吹いてもらいたい?
その方がいいかなと。2~3年で宮城県内の農業法人に行ってみたんですけど他業種の方が活躍されている方が多い印象。
昔ながらのセオリーとかやり方も正解なんでしょうけど、「正解が何だろう?」って探し続けてくれている人の方がやっぱり最終的にはうまくいくんじゃないかなと。やっぱり農業ってイレギュラーもあるので「こっちの方が正解なんじゃないか?」って動きが取れる人の方がいいんじゃないかなと。元々農業やっている人よりは、そういう人の方が多様な目線持ちやすいのかなと思っています。
就農するにあたって準備や心構えはありますか?
元々、会社の農業法人に入りたいって人は、個人でバンって成功していく人よりは、安定しながら自分がやりたい農業をしたい人が多いと思うんですけど。自分が農業やる上で、どんなことやってみたいか、みたいな考えがあればいいですけど、無くても入ってきてから考えればいいかなとも思うし、特に準備する事は無いと思います。
農業に興味を持ってもらうっていうのがまず大事なのかなという風に思います。